田舎の人間関係は面倒?移住者が溶け込むための「賢い」処世術3ヶ条。

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アッサラーム・アライクム!
北海道の西の果て、元駐在員のアブ・イサムです。

都会のマンション暮らしだった頃、私は隣の住人の顔すら知りませんでした。壁一枚隔てた向こう側に誰が住んでいて、何をしているのか。それを知らなくても生きていける、ある意味で「気楽な」世界でした。

しかし、ここ僻地ではそうはいきません。
ここでは、私が「誰の父親」で、「どこの国から来たのか」を、村じゅうの人が知っています。朝、ゴミ出しに行けば、すれ違うおばあちゃんが「アブさん、今日の風は冷たいねえ」と声をかけてくる。

そう、今回のテーマは、移住検討者が最も不安に思うであろう最大の難関、「田舎の人間関係」についてです。

「田舎は排他的だ」「濃密な付き合いが面倒くさそう」
そんなネガティブな噂を耳にして、二の足を踏んでいる方も多いのではないでしょうか。

結論から言いましょう。
田舎の人間関係は、面倒です。

しかし、同時にこうも言えます。
その面倒くささを乗り越えた先に、都会では絶対に味わえない「セーフティーネット」としての、温かくて強固な絆が待っている、と。

今回は、中東という異文化圏で揉まれ、さらに日本の僻地というディープな世界に飛び込んだ私が体得した、移住者が地域に溶け込むための「賢い処世術3ヶ条」を伝授します。

目次

前提:ここは「彼らの村」であると知る

まず、絶対に忘れてはならない大前提があります。
それは、「私たちは『よそ者』であり、ここは『彼らの村』である」ということです。

都会から来たインテリ風の移住者がやりがちな失敗は、無意識のうちに「上から目線」で村を見てしまうことです。
「ここが非効率だ」「もっとこうすれば村は良くなる」

親切心から出た提案だとしても、先祖代々この地を守ってきた人々にとって、よそ者からの急なダメ出しは不愉快でしかありません。中東にいた頃、現地の文化を尊重せず、自分の価値観を押し付けようとして孤立していった駐在員を何人も見てきました。構造は全く同じです。

まずは「郷に入っては郷に従え」。彼らのルール、彼らの歴史、彼らのプライドに最大の敬意を払うこと。これがスタートラインです。

処世術①:最強の通貨は「手土産」である

田舎の人間関係を円滑にする最強のツール。それは「手土産」です。

私が移住してきて最初にしたことは、引っ越しの挨拶回りで、近所一軒一軒に、都会で買ってきた少し高級な菓子折りを配り歩くことでした。
これは単なる挨拶ではありません。「私は怪しい者ではありません。あなた方と仲良くしたいと思っています」という、言葉以上のメッセージを伝えるための「投資」です。

そして、ここからが田舎の面白いところです。
渡した手土産は、数日後、形を変えて何倍にもなって返ってきます。

「アブさん、この前はご丁寧にどうも。これ、うちの畑で採れた大根なんだけど、食べるかい?」
「港でホッケが上がったから、お裾分けだよ」

玄関先には、食べきれないほどの野菜や魚介類が置かれるようになります。これは、彼らが私を「村の仲間」として認めてくれた証です。

田舎では、貨幣経済とは別の「贈与経済」が回っています。先に与える者が、後で豊かさを受け取る。
都会に行く用事があれば、必ず気の利いた手土産を買ってくる。畑で野菜が採れすぎたら、隣にお裾分けする。この小さなギブ・アンド・テイクの積み重ねが、信頼関係の土台を作ります。

ケチな移住者は、絶対に溶け込めません。ここでは「気前の良さ」こそが、最も価値のある通貨なのです。

処世術②:自分から「弱み」を見せる

完璧な人間は、田舎では敬遠されます。
「都会から来た、何でもできる賢い人」という鎧を着ているうちは、地元の人々は警戒して心を開いてくれません。

彼らが愛するのは、「ちょっと抜けているけれど、一生懸命なやつ」です。

私が意識的にやっているのは、自分から積極的に「弱み」を見せ、教えを乞うことです。
例えば、雪かきのやり方がわからなければ、隣のおじさんに頭を下げて聞きます。
「すみません、初めての冬でどうしていいか…。雪捨て場はどこが一番いいでしょうか?」

すると、おじさんは「しょうがねえなあ」という顔をしながらも、嬉々としてスコップの効率的な動かし方から、雪捨て場のローカルルールまで、手取り足取り教えてくれます。

人は、誰かに頼られると嬉しいものです。特に、長年その土地で生きてきた先達たちは、自分たちの知恵が役に立つことに誇りを感じます。

「わからないので教えてください」「助けてください」
この言葉を素直に言えるかどうか。プライドを捨てて「教えてもらう側」に回ることができるかどうかが、コミュニティに入り込む鍵となります。

処世術③:地域の「義務」から逃げない

最後にして、最も重要なのがこれです。
田舎暮らしには、都会にはない「義務」がもれなく付いてきます。

・草刈りなどの共同作業(出不足金という罰金制度がある場合も!)
・祭りやイベントの準備・運営
・消防団や自治会の役員

はっきり言って、面倒くさいです。貴重な休日が潰れます。「なんで私が?」と思うこともあります。

しかし、ここから逃げてはいけません。
これらの共同作業は、村のインフラを維持するための必須業務であると同時に、最も濃密なコミュニケーションの場でもあります。

一緒に汗を流し、終わった後に公民館でビールを飲みながら愚痴を言い合う。このプロセスを経ることで、初めて「お客さん」から「身内」へと昇格できるのです。

私が知る限り、田舎で孤立してしまう移住者の多くは、「自然は好きだけど、人付き合いは嫌い」と言って、これらの義務を避けようとする人たちです。
彼らは「権利(豊かな自然)」だけを享受し、「義務(共同体の維持)」を果たさないフリーライダー(ただ乗りする人)とみなされ、やがて居場所を失っていきます。

賢い移住者は、これらの義務を「コミュニティへの参加費」と割り切ります。
面倒な役回りほど、積極的に引き受ける。その姿を見て、地元の人は「あいつは骨を埋める覚悟があるんだな」と信頼してくれるようになるのです。

まとめ:面倒くささの先にある「セーフティーネット」

田舎の人間関係は、確かに面倒です。
プライバシーはないに等しいですし、噂話は光の速さで広まります。

しかし、一度その輪の中に入ってしまえば、これほど心強いものはありません。

子供が熱を出せば、誰かがすぐに車を出してくれます。
私が仕事で家を空けるときは、近所のおばあちゃんが子供の面倒を見てくれます。
何か困ったことがあれば、村じゅうの知恵とコネクションが集まって、あっという間に解決してくれます。

これは、お金では買えない、最強のリアル・セーフティーネットです。
都会で孤独死のニュースを見るたびに、私はこの面倒で温かい「お節介」のありがたみを痛感します。

移住を検討している皆さん。人間関係から逃げないでください。
自分から心を開き、敬意を払い、汗をかく覚悟さえあれば、彼らはきっと両手を広げてあなたを迎え入れてくれるはずです。

さあ、今度の日曜日は村の草刈りデーです。
私も朝から草刈機を担いで、いい汗を流してこようと思います。その後のビールが楽しみで仕方ありません!

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