偏差値より「薪割り」?AI時代に必須の「非認知能力」は、不便な大自然が育てる

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アッサラーム・アライクム!都会の皆様、消耗していませんか?

アッサラーム・アライクム!(あなたの上に平安がありますように)。

北海道の日本海側、地図で見ると「え、ここ道あるの?」と思われるような僻地からお届けしています、アブ・イサムです。

さて、窓の外は今日も安定の吹雪。私の日課である「強制アウトドア・エクササイズ(別名:雪かき)」の時間が刻一刻と迫ってきており、戦々恐々としております。中東の砂漠にいた頃は、まさか自分が毎日スコップを持って白い悪魔と戦うことになるとは夢にも思いませんでしたよ。人生とは分からないものです。

最近、ニュースやSNSを見ていると「アウトドアブーム」がすごいですね。キャンプ場の予約は取れないし、高機能なアウトドアウェアを街着にするのも当たり前。「自然の中で癒されたい」「焚き火を見つめて無心になりたい」…その気持ち、痛いほど分かります。

都会のコンクリートジャングルで、満員電車に揺られ、終わりのない競争に晒されていれば、誰だって「人間らしい時間」を取り戻したくなりますよね。これは単なる流行ではなく、現代人が本能的に求めている回帰現象なのだと思います。

しかし、ここで戦略家アブ・イサムとして、一つ問いかけたい。
そのアウトドア体験、単なる「消費活動」になっていませんか?

今日は、「アウトドア体験の価値」がなぜ高まっているのか、そして僻地に住む視点から、その価値を最大化する戦略について語りたいと思います。

砂漠と雪国で痛感した「リアル」の絶対的な情報量

バーチャルでは得られない「肌感覚」

私はかつて、中東の砂漠地帯に駐在していました。休日に四駆で砂漠の奥地へ入り、満天の星空の下でキャンプをする。聞こえるのは風の音だけ。視界を遮るものは何もない360度の地平線。あの圧倒的な非日常感は、確かに素晴らしい体験でした。

そして現在、ここ北海道の僻地。冬になれば、視界が全て真っ白になるホワイトアウトの中、自分の家の玄関に辿り着くことさえ命がけになる瞬間があります。美しいけれど、一歩間違えれば牙を剥く大自然。

この両極端な環境で私が学んだのは、自然界が持つ「圧倒的な情報量」と「リアリティ」です。

現代の子どもたち(大人もですが)は、画面の中の情報に囲まれて生きています。YouTubeで見れば、火起こしの方法も、魚の捌き方も、知識としては得られるでしょう。しかし、実際にマッチ一本で湿った薪に火をつける難しさ、釣ったばかりの魚の生温かさやぬめり、これらは絶対に画面からは伝わりません。

五感をフル動員して感じる「リアルな体験」は、脳への刺激が段違いです。この原体験こそが、人間としての土台を強くするのです。

整備されたキャンプ場は「自然風テーマパーク」である

誤解を恐れずに言えば、都会近郊のきれいに整備され、Wi-Fiまで完備された高規格キャンプ場は、私から見れば「自然風テーマパーク」です。

もちろん、それが悪いわけではありません。初心者や家族連れには安心ですし、入り口としては最適でしょう。しかし、そこに「不便さ」や「予測不可能性」がなければ、得られる経験値は限定的になります。

本当のアウトドア体験の価値は、「思い通りにいかないこと」にあります。突然の雨、なかなか点かない火、虫の襲来。それらに直面した時、どう工夫し、どう乗り越えるか。そのプロセスにこそ、AI時代を生き抜くための「非認知能力(生きる力)」を鍛えるヒントが詰まっているのです。

「消費するアウトドア」から「生産するアウトドア」へシフトせよ

最新ギア自慢大会からの脱却

都会のアウトドアブームを見ていると、時々心配になることがあります。それは、「最新の高価なギアを揃えて並べること」が目的化していないか?ということです。

「あのブランドの焚き火台じゃなきゃダメだ」「このテントは映える」…いやいや、ちょっと待ってください。それはただの「消費活動」です。経済を回すという意味では素晴らしいですが、「体験の質」とは直結しません。

私が提唱する賢い僻地流アウトドアは、「消費」ではなく「生産」や「体験」にフォーカスすることです。

  • 高価な着火剤を使うのではなく、現地で乾いた杉の葉を探して火口にする。
  • 高級食材を持ち込むのではなく、現地で釣った魚や採れた山菜を調理する(もちろん法規制は守って!)。
  • 便利なガジェットに頼るのではなく、ナイフ一本でブッシュクラフトに挑戦してみる。

「お金で解決する」のではなく、「知恵と工夫で解決する」。このシフトチェンジが、アウトドア体験の価値を劇的に高めます。コスパも最強です。

息子イサム(小5)に見る、不便さの効用

我が家の息子イサムも、御多分に漏れずゲーム大好き現代っ子です。放っておけば一日中画面を見ています。

しかし、私が裏山で薪割りを始めたり、雪山でかまくら作りを始めると、必ず寄ってきます。そして、最初は遊び半分でも、次第に目の色が真剣になっていくのです。

「どうやったら効率よく薪が割れるか?」「どうすればかまくらが崩れないか?」。彼は彼なりに仮説を立て、検証し、失敗し、修正しています。これ、まさにPDCAサイクルですよね。

便利な環境では、この思考プロセスは生まれません。「不便」だからこそ、人間は頭を使うのです。僻地の大自然は、最高の「考える教材」を提供してくれます。

まとめ:最強のセーフティーネットは「生きる力」

アウトドア体験の価値が高まっているのは、社会が不安定になり、将来予測が困難になっていることの裏返しでもあります。偏差値の高い大学を出て大企業に入れば安泰、という時代は終わりました。

そんな時代において、最後に自分を守ってくれる最強のセーフティーネットとは何でしょうか?お金?コネ?

私は、「どんな環境でも、自分の頭で考え、自分の手足を使って生き抜く力」だと確信しています。

それが学べる最高の場所が、自然の中なのです。都会に住んでいる方も、ぜひ次の休日は「消費」ではない、少し不便でリアルな「体験」を意識してみてください。高級なギアは必要ありません。必要なのは、一歩踏み出す勇気と、少しの冒険心です。

さて、そろそろ本当に雪かきに行かないと家が埋まってしまいます。これもまた、我が家の貴重なアウトドア体験…(涙)。

では、また次の記事でお会いしましょう。マアッサラーマ!(平安とともにあれ!)

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